韓国はなぜ「人種差別国」と言われるのか


なかなか問題は根深いからな…






国連人種差別撤廃委員会(CERD)は「韓国が単一民族だと強調することは、韓国に住むさまざまな人種への理解・受け入れ・友好増進に支障をきたす恐れがある」と懸念を表明した。また韓国に対し「現代韓国社会の多人種的な傾向を認め、教育・文化・情報といった分野で適切な措置を取るべき」と勧告した。


韓国がCERDから「人種差別を無くすよう努力せよ」と勧告されたというニュース(本紙20日付)が伝わると、「脱民族主義という世界的な流れに積極的に歩調を合わせるべき時が来た」という声や、「内政干渉ではないのか」といった反発まで、さまざまな反応が飛び交った。


国連はなぜこの時期に韓国の「単一民族性」を問題視したのだろうか。


まず、CERDとはどのような機関なのか見てみよう。CERDは1969年に発効した国連の「人種差別撤廃条約」の履行努力を審査するため、同年設立された国連傘下の機関だ。人種差別撤廃条約が規定する「人種」の概念は、単に肌の色の違いだけを指すのではなく、出身国や民族など、差別・排斥の根拠となり得る事項をすべて含んでいる。


CERDの会議は毎年3月と8月に開かれる。8月現在、加盟国は韓国を含め173カ国。全加盟国は委員会に対し、4年ごとに人種差別撤廃の状況に関する履行報告書を提出することが義務付けられており、改善されているかどうか審査を受けることになっている。


CERD委員には「高い水準の道徳性と客観的公正性」を認められた18人が就任し活動している。現在のグーテ委員長はフランス出身。そのほかエジプト・トーゴ・インド・中国・イギリス出身者らで構成されている。彼らは各国の報告書を検討した後、「肯定的な側面」と「懸念・勧告事項」に分け、最終見解を採択する。だが、特定の国を「人種差別国」に指定するものではない。


韓国が審査対象になったのは第71回会議で、スイス・ジュネーブにて3週間にわたり開かれた。


最初に指摘しておくが、CERDは韓国だけを名指しし、「人種差別をなくせ」と言ったわけではない。


今回審査された国は韓国をはじめ、コスタリカニュージーランドキルギスコンゴモザンビークインドネシアの7カ国。審査の結果、韓国だけでなくほかの6カ国もそれぞれ肯定的な側面と懸念すべき点について勧告された。


例えば、ニュージーランドマオリ族に対する差別問題が改善事項として取り上げられた。コンゴピグミー族の土地権がきちんと保障されていないことを指摘されている。


CERDが韓国の「単一民族性」に懸念を表明したのも初めてのことではない。「韓国は単一民族国家で、少数民族に対する差別はあまり見られない」という韓国の主張は、これまでにもCERDから数回指摘を受けている。


1991年にも、CERDは在韓中国系住民やベトナム難民の地位について懸念を表明した。このときも韓国政府は「韓国は単一民族国家で、人種差別はない」と主張、これに対し委員たちは「理解し難い」との反応を示した。また当時は全羅道に対する地域差別・経済開発の遅れについても問題が指摘されたという。


こうしたやりとりは2003年にもあった。CERDは01年に制定された国家人権委員会法、外国人労働者に韓国人労働者と同様の労働関連保障を提供する雇用許可制の立法などを肯定的事項として採択している。


だがその一方で、在韓中国系住民やその他の少数民族に対する差別問題が再び指摘されたが、韓国側は「単一民族国家」との主張を繰り返した。これに対しCERDは、「韓国国内の人種分布に関する具体的な統計資料を添付せよ」との勧告案を出した。一部では「政府は“単一民族”という主張を繰り返すだけではなく、多人種化している社会に関する統計を積極的に確保し、事前に通知すべきではないのか」と指摘する声も上がっている。


当時、CERDは最終見解で「人種差別を撤廃するための法律制定や制度の準備では前進しているが、差別問題に対する明確な認識や法と制度の実効的な履行が伴っていない」と述べている。


今回取り沙汰されている「純血」(pure blood)・「混血」(mixed blood)という部分は、CERDが先に述べたものではなく、韓国側の報告書にまずその言及があった。韓国は報告書で、「韓国は単一民族国家であり、少数民族差別はあまり見られない。しかし、単一民族性から自然発生した“純血”に対する韓国人の自負心が、“混血”に対する差別を誘発している」と主張した。この報告書を審査したCERDが「純血と混血という言葉は、人種的優劣主義を広めるという点で懸念される」と指摘したのだ。


CERDの第72回会議は来年2月18日から3月7日まで開かれ、イタリア・フィジー・ベルギー・米国・ドミニカ共和国ニカラグアモルドバの報告書が検討される予定だ。


ソース・朝鮮日報

上:http://www.chosunonline.com/article/20070828000061
下:http://www.chosunonline.com/article/20070828000062


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日韓掲示板などに出入りしていると、韓国人の人種差別的書き込みに出くわすことはしょっちゅうある。黒人や東南アジア諸国の人々に対する侮蔑的な言葉や態度を見て「やっぱりコイツら民度低いなぁ〜」と思う。


また、韓国人はよくウリナラは世界でも類を見ない単一民族国家」と誇らしく語るが、これは韓国社会の常識的な共通認識と言っても過言ではない。(小学校でも堂々と教えていたりするからね)タチが悪いのはこう言う場合は「自民族がいかに優秀であるか」ということとセットになっており、必然的にこれが他民族への蔑視や差別に繋がっているのである。


韓国政府は、上記認識を基にまるで壊れたテープレコーダーのように「韓国は単一民族国家で人種差別はない」と主張しているわけだが、この主張にはハッキリ言って限界がある。


なぜなら、NFLのスター選手であるハインズ・ウォードの例を見ればわかるように、外国人との間に生まれた子供が韓国国内で暮らしていくのは困難が大きく、国外に移住するケースや、混血幼児を養子として「輸出」しているケースがかなりの数見られること。加えて韓国国内に存在する混血の人に対する差別が厳然と存在しているからである。


【参考1】朝鮮日報社説 ハインズ・ウォードの贈り物
http://www.chosunonline.com/article/20060405000001

(抜粋)

ウォード親子の華やかな帰郷に歓声を上げる私たちは、それ以上に恥ずかしい想いを禁じ得ない。この親子を30年前、見知らぬ国に追い出したのは、ほかならぬ私たち自身だった。親子の苦しい歳月の裏には、外国人との間に生まれた人を「雑種」とか「あいのこ」と揶揄したり、いじめたりした私たちがいる。

韓国には外国人との間に生まれた人が3万5000人いる。国際結婚は2003年に10組中8.4組、2004年に同11.4組、2005年には同 13.6組へと急速に増加している。2020年には、混血の人が167万人に達する見通しだ。しかし、社会の認識と待遇は依然として冷酷なものだ。

彼らの22%が失業状態で、就職した者のうち、わずか2%が事務職で、残りは単純労働で生計を立てている。調査対象4400人のうち9.8%が小学生の際、17.5%が中学生の際、学校を辞めるという資料もある。中学校中退率は平均1.1%だ。


【参考2】東亜日報 韓国の中 悲しい混血児たち
http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2006011319868

(抜粋)

最近まで何回も刑務所を出たり入ったりしていたナム某氏は35歳。彼は12歳のときに家出して、山奥の巫俗人の家や穴蔵などを転々としながら育った。

肌の色が違うと冷やかす友達を避けて、人のあまり来ない所を探した。在韓米軍と韓国人母の間に生まれた白人系混血児である彼は、差別と冷遇に耐え切れず二度も自殺を試みたりした。


数人のハーフの芸能人が若者たちから人気を享受しているが、これはあくまでも芸能人に対する憧れであるだけだ。混血児を見る一般人の視線は依然として良くない

戦争と分断という韓国人の不幸だった過去史が生んだ既存の混血人だけでなく、最近急増している国際結婚を通じて生まれる混血人に対しても、依然として「異邦人」扱いする雰囲気が強い。

混血児を見る韓国社会の見方も多分に二重構造だ。白人系混血児に対してはやや好意的だが、他の混血児に対しては否定的な先入観を持っている。

しかし、政府は混血児が何人いるかさえ把握できないほど、混血児政策は事実上全くない実情だ。


(引用ここまで)


ここでお断りしておくが、このエントリーは「韓国の人種差別けしからん!!」と糾弾するつもりで書いているわけではない。


かつて日本国内でも異人種や混血の人に対する偏見や差別がハッキリと存在していた。私が子供だった頃には「黒んぼ」「あいの子」などという差別的な発言を平気でする大人がいっぱいいたし、学校でも混血の子供をからかうような場面も見てきた。しかし、社会が成熟化し人権に対する意識も改善されたことによって、このような露骨な差別意識は今ではなくなっているのが実情だと思う。(皆無ではないだろうが…)


韓国も曲がりなりにも民主化が進み、経済発展を遂げた。また、経済のグローバル化が進み外国人労働者も増え、嫁不足で悩む農村には外国人妻を迎えたりと国際化が進んでいる。いつまでも「ウリナラは誇らしい単一民族国家」という幻想を捨てて、かつて我が国が進んできたのと同じように差別をなくす努力を行わなかればならない時期に来ているのだ。


しかし、こういった国際的な指摘をキッカケにして韓国の人権意識が簡単に変わるのだろうか?


私は「なかなか難しい」若しくは「かなり時間がかかる」と思う。


それは韓国人の差別意識には、儒教に端を発する「ウリとナム」という韓国人の根源的な思考(世界観)が背景にあり、これが邪魔をして差別意識を払拭するのは困難なのではないかと思うからである。


「ウリとナム」という考え方を簡単に言うと、ウリ(我々・内)とナム(他者・外)とを区分し、ウリの間ではベタベタと仲良く面倒を見たりもたれあったりするのが当然であり、一方ナムに対しては無視したり冷淡な態度に終始しても良いとされる考え方である。


韓国人は、「ウリナラ(我が国)」「ウリミンジョグ(我が民族)」「ウリ党」などしょっちゅうこの「ウリ」という言葉を使うが、それは韓国人の中に「ウリとナム」という思考が根深く存在するからであり、正直こういう特殊な考え方は、日本人には(というか朝鮮民族以外には)なかなか理解が難しい。



【参考3】「21世紀日本の構想」懇談会議事録より
http://www.kantei.go.jp/jp/21century/990804bunka1-5.html

(抜粋)

1.冒頭、関川夏央氏より概要下記の通り問題提起がなされた。

朝鮮民族の思考の中にある伝統的意識には留意する必要がある。約50年の歴史の相違による韓国と北朝鮮との間の行動スタイルの相違は極めて大きいが、共通の文化的因子がその根底にはある。

「内と外」の区別・峻別の意識は最も特徴的だ。朝鮮語に「ウリ」(こちら)と「ナム」(あちら)という言葉があり、「ウリ」は普通「私」とか「私たち」と訳されるが、むしろ「こちら」とか「うち」とか訳されるのが妥当で、「ナム」には身内意識をはずれた全てのものということになる。いわば、血族が「ウリ」の原型であり、その示すところは時と場合に応じて伸縮する。同居家族から八親等の一族、五代同祖、同姓同本、同地方と広がり、その最大時には朝鮮民族となる。朝鮮人の「私」意識はこの「ウリ」の中に埋もれている。それは近代国民国家とは本来なじまないものだから矛盾が生じ、「ウリ」を国家単位に高めようとするとき、「ウリ」を定立させるための「ナム」として日本が選ばれる。それが「反日」の根拠である。日本は根深く「ナム」である。また、南北関係が「ウリ」か「ナム」か、即ち2つの外国同士か国内問題か不明確になりがちで、そのことが北朝鮮の現政権後のイメージ及び統一のイメージを曖昧なものにしている。

そして、この意識の根底にあるものは、華夷秩序である。中華に替わって米国がその地位を占める形で、この伝統的意識も生き残っている。



【参考4】留学生文学賞 奨励作品賞受賞より
http://www.ryu-bun.org/lib/prize05/story7.html

(抜粋)

ウリ意識の強さは、逆にその排他性として現れる。中国の華僑が、地理的にはもっとも近い国であるにもかかわらず世界のどの国よりも定着できなかったのが韓国である。人々の趣味を見てもそこにはウリが居座っている。日本は個が生きている。個性的なデザイン、考え方、人が多い。それに比べ韓国は、女性が背負っている鞄だけを見てもその人が韓国人だとわかってしまうほど趣味が似ている。最近の韓国の若者は個性的になろうとしているが、やはりウリの中の範疇に入る魅力からは逃れられないようである



(引用ここまで)



どうですか?

韓国の根強い反日意識の根底にも、世界各国でしぶとく生きている華僑が韓国で定着できないのも韓国人の特殊な「ウリ意識」に起因している部分があるのです。

人権すなわち肌の色や血縁に関係なく個人や個性を尊重する社会を実現していくためには、韓国社会がこの「ウリとナム」という特殊な世界観から脱出しなければ到底無理だが、一朝一夕には実現できっこないと思うのである。


それから蛇足だが、自ら「純血」「混血」と報告書に書いて自爆している様子や『CERDは韓国だけを名指しし、「人種差別をなくせ」と言ったわけではない』と“言わずもなが”の注釈をあえて挿入するメディアの伝え方を見ても、「こいつら本気で改善する気あるのか?」と思わずにはいられない。



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