ホンダ米下院議員に献金 中国の「意思」色濃く反映


怪しい背景が明らかになってまいりました (・∀・)





慰安婦」問題決議案を主唱しているマイク・ホンダ下院議員(民主党カリフォルニア州選出)は中国系の反日団体「世界抗日戦争史実維護連合会」を動かす活動家たちから一貫して献金を受け、日本を糾弾する言動もその団体の活動方針にぴたりと沿った形だという実態が明らかとなった

「世界抗日戦争史実維護連合会」は公式には1994年に海外華僑、中国系住民によって創設され、本部をカリフォルニア州クパナティノにおき、傘下に50以上の下部組織を持つとされる。だが実際には同連合会は中国国営の新華社通信とウェブサイトを共有するほか、中国側の公的組織との共催の形で日本批判のセミナー類の行事を中国国内で頻繁に開き、中国当局との密接なきずなを明示している。

同連合会はその任務を日本の残虐行為を恒常的に糾弾し、謝罪や賠償を求め続けることとし、日本側のこれまでの謝罪や賠償をまったく認めずに国内の教育や言論にまで一定の命令を下す、という点で反日だといえる。事実、同連合会は97年にはアイリス・チャン著の「レイプ・オブ・南京」を組織をあげて宣伝し、2005年春には日本の国連安保理常任理事国入りの動きに反対する署名を世界規模で集めたうえ、中国内部での反日デモをあおった形跡もある。

同連合会はさらに同年末には「クリント・イーストウッド監督が南京虐殺映画を作る」というデマを流し、昨年からは南京事件ドキュメンタリー映画の宣伝に力を注いでいる。

同連合会の米側での幹部たちはイグナシアス・ディン氏のように中国で生まれ、20代で米国に渡り、そのまま米国の国籍や永住権を取得した人物たちがほとんどで、同氏は1990年代後半、カリフォルニア州下院議員だったホンダ氏に接近した。99年にはディン氏は「ホンダ氏と共同で州議会に出す決議案の草案を書き、日本の南京大虐殺、731細菌部隊、米人捕虜虐待、慰安婦強制徴用など戦争犯罪を追及した」と地元の新聞に述べたように、ホンダ氏の決議案提出と州議会での採択を成功させている。

ホンダ氏はその翌年の2000年に州議会から連邦議会への転出を図ったわけだが、その間、ディン氏らはいっせいに選挙用の献金をして、ホンダ下院議員の誕生に貢献している。そしてホンダ氏はディン氏らの意向にそっくり沿った形で連邦議会でも01年、03年、06年、07年と連続して慰安婦問題で日本政府に謝罪を求める決議案を提出してきた。この背後には、どうしても中国当局の同連合会を通じての日本の道義面での弱体化や日米離反という政治意図がにじむわけだ。

慰安婦問題は表面的には中国よりも韓国がより多く関与するようにみえるが、米国側で韓国寄りとしては「ワシントン慰安婦連合」という組織があるだけで、韓国系勢力の組織的な動きはほとんどうかがわれない。それだけ中国の役割が大きいわけで、ホンダ議員の動向もその中国の意思を少なくとも結果として十二分に体した形となっている。その有力な裏づけは中国系からの政治献金だといえよう。

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■「世界抗日戦争史実維護連合会」幹部からマイク・ホンダ議員への献金リスト(2006年分を除く、敬称略)

・創設役員イグナシアス・ディン(丁)=計3000ドル(2000年2月、8月、02年2月に各1000ドル)

・上記の妻ジョセフィン・ディン=計1000ドル(00年8月)

・創設役員キャシー・ツァン(曽)=計5000ドル(00年2月、6月、01年11月に各1000ドル、03年6月に2000ドル)

・元会長ベティ・ユアン(袁)=計1200ドル(00年2月に200ドル、02年2月に1000ドル)

・創設役員ギルバート・チャン(常)=計1250ドル(00年2月に250ドル、同年3月と7月に各500ドル)

・幹部チャールズ・シャオ=計200ドル(00年3月)

※「世界抗日戦争史実維護連合会」の英語名称の直訳は「第二次大戦アジア史保存グローバル連盟」(GA)


ソース・Sankei WEB
http://www.sankei.co.jp/kokusai/china/070315/chn070315001.htm


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産経GJ !!!!!! (・∀・)


このマイク・ホンダ議員については、執拗に歴史問題で日本を叩く策動を繰り返しているが、それは単に「韓国系移民が選挙区に多いから」と思い込んでいたが、こういう背景があったんだね。


こういう報道はどんどん取り上げてもらいたいもんです。


上記の背景はもとより、このマイク・ホンダ氏の経歴についても疑問の声があがってきている。



※以下、「博士の独り言」様ブログより転載
http://specialnotes.blog77.fc2.com/


マイク・ホンダの経歴にあった「ベトナム戦争に従軍」「JFKの「平和部隊」に所属」はすでに虚偽であり、軍隊経験は無かったことが産経新聞によって指摘されている。また、現時点までの筆者の関係の調査では、同議員が親とともに収容されていたというコロラド(アマチ: Amache)の 収容所の記録にも名前は確認できていない。

同収容所の開設期間は、1942年8月27日から同45年10月31日まである。ピーク時は、7,318人の日系人が収容されたとの記録があるが、「マイク・ホンダ(Michael Makoto Honda)」の名前、または幼子を連れた「ホンダ(Honda)」の家族名を未だに確認できていないのである。もう一度だけ、再調査の依頼を出しているが、そこに「存在しなかった」とすれば、この収容所の経験も虚偽になる。関係者によれば、詐称の可能性は90%以上とのことだ。

また、「カリフォルニアに戻った」のが1953年と自記しているが、収容所の閉鎖はそれよりおよそ8年前の1945年10月31日である。収容所出所の時期も明確ではないが、実際に収容所に存在していたとすれば、45年10月31日かそれ以前に出所していたことになるが、それまでの約「8年間」は何処で何をしていたのか、空白であり、同議員の「存在」の証拠も確認できていない。

先稿で述べたが、同議員は米国生まれではなかった可能性が濃厚。勝手な推測は慎むべきだが、およそ1953年(この年で同議員は11〜12歳)の時分以前に、母国語が英語ではなかったとすれば、あのネイティブとは思い難い東洋系のアクセントや、両親の名前を明かさない、子供の頃の写真も披露しない、幼馴染が1人もいないという「理由」が理解できる。

本物の米国生まれであれば、まして「三世」であれば、言葉(英語)はやはり流暢なネイティブであり、1つのカルチャーとして、幼い頃の写真や思い出、エピソードや幼馴染などを披露する傾向が米社会にはあるが、ホンダ議員はその逆である。

あくまで、マイク・ホンダ議員は私人ではなく「公人」である。第三者が、「公人」出自を明らかにすることは、同議員の言動の根拠を理解するための必要である。

一部にあるような、それは「差別」、「個人攻撃」である、との批判論理には、この場合に当てはまらない。まして、マイク・ホンダ議員はその立場を濫用し、特定国策動のエージェントとして、世界中に、これだけの侮日宣伝を振りまいている。日本国民に多大な苦痛をおよぼしているのである。
その公的責任は問われるべきである。さらに、万一、「詐称」とあれば、米国内では議員辞職にも匹敵する罪となる。ゆえに、米国内でそれを客観的に判断していただくために提案書をすでに送付した。今後の成り行きが楽しみである。


(引用ここまで)


ウーン…まだ事実関係がハッキリしないので何とも言えないが…



日系人でありながら日本を糾弾しまくる姿勢には「???」と思っていたが、日系人が糾弾するからこそ信憑性をアピールしたりインパクトを与える効果というのもあるワケで、中共影響下の反日団体にとっては都合がいい話ではある。

そう考えれば、「本当はこのオッサン日系じゃないんじゃないの?いったい何系なんだ?」という疑惑は深まるなァ。





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